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2010/12/27

考える

すいません、また説教臭い話をします。
 

20112010年シーズンも終わりました。リーグ戦10位、ナビスコ予選敗退、天皇杯ベスト8で無冠。

(個人的にはさほど悪いとは思ってないんですけど一般的には悪いとされる)この結果は、誰かひとりの責任というわけではなくて、監督、コーチングスタッフ、選手、フロント、クラブスタッフ、サポ、つまりクラブとしての総合力がそこまでだったということでしょう。

なので、誰が悪かったかと聞かれたら、浦和レッズの全員が悪かったと答えるのが正解だと思います。
 

え、サポは悪くないだろ。そう思った方も多いかもしれません。

しかしワタシにはアウェイ仙台戦の出来事が忘れられないのです。引き分けで一部のサポがキレたとされるあのゲームですよ。なんとなくあれがこのオフのゴタゴタのきっかけになったように思うのです。
 

Jリーグに限らずプロスポーツを語るとき、『プロの仕事は勝つこと』的なフレーズをよく目にします。

よく見るもんだから自分でも何となく反射的にそう思ってきたけど、よーく考えてみるとそれって実はかなり傲慢な言葉じゃないのかな、最近そう思うようになりました。
 

ワタシも一介のサラリーマンですが、ひとりひとりの積み重ねで組織が成り立っている点では会社とスポーツのチームは同じです。すごくエキセントリックな言い方をすると、例えばそれは、ワタシの勤めている会社が赤字だったりするとワタシがサラリーマンとして『プロ失格だ』と言われるのに似ています。

自分がそう言われたらたぶんほとんどの人はそんな単純なものじゃないと反論を始めるでしょうし、確かにそれは究極の正論なのかもしれませんが、それを真っ向から振りかざす経営者の下ではあまり働きたくありません。

それはプロスポーツ選手だって同じはずです。
 

ワタシはプロ選手の仕事は『人々に夢を与えること』だと思います。

もちろん、勝ってサポに喜びを与えるに越したことはないですが、たとえ勝てなくても卓越した技術とか人並み外れたスタミナとかひたむきな姿勢を貫く精神力とか、ワタシたち一般人が持ち得ないものを見せられて『あーいいもん見せてもらった』と思えればそれだけでプロとしての価値は十分あるように感じるんですけどね。
 

そういう観点から、あの仙台戦の一部サポが取ったとされる行動はやはり共感できません。

あれが選手やクラブに対し、余計なプレッシャーとしなくてもよかった心配を与えることになったんじゃないか、さらに言えば、そのニュースを聞いたスポンサーの方々がどう思ったかは推して知るべし、今振り返ってみればそんな気がしてならないのです。
 

かと言って、それを行ったとされるサポひとりひとりを糾弾する気もさらさらありません。あくまで『サポにも責任の一端があるとすれば』という話だし、そもそもそれを行ったところで浦和レッズの未来に対し何もプラスにならないからです。

そんなことより、サポひとりひとりが、いったい自分たちが何をするのが浦和レッズにとって一番良いのか、それを真剣に考えることの方がよほど重要だと考えます。
 

考えましょうよ。いったい自分が何故浦和レッズのサポーターをしているのか。
 

最後に、今季の前半スカパーのJリーグ中継のハーフタイムで流れていたオシム翁の言葉を紹介して、この説教臭い話を終わりにしたいと思います。

 

Message

サポーターとして そのチームの監督やスタッフ
選手たちを信じてあげることです

そして 自分の身体の一部
分身として考えてあげること

もし結果が出なくてもそれを我慢する

そして 10年に1度でも良い結果を出したり
すごい良い試合をする

そういうことを目撃することが
幸せだと思うぐらい

熱心なサポーターになってあげて下さい

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コメント

チーム・フィンケを最後まで「看取る」様な気持ちで、初めて万博まで行ってきました。
まだ、このようなブログを見ただけで涙ぐんでしまいます。

これからのことも考えられませんが、ひとつ思うのは「もっと早く出来ることがあったのでは」という後悔です。
仙台の事件もそうですが、例えば、語る会でも「声が大きかった」のはクラブやフィンケを攻撃する人たちだった。拍手の大きさで判断すると、必ずしも彼らが多くの賛同を得ていたわけでもないのですが。

ただ、解任を決定づけたのはサポの声より、動員数の激減であり、スポンサーの意向でしょうから、ひとり後悔していてもあまり意味はないですね。

「プロの仕事は勝つこと」「勝利がすべて」という批判には、「では勝つためには何が必要なの?」と聞きたいと、ずっと思っていました。あまりに正論すぎて何も言っていないに等しい言葉です。


投稿: zuobo | 2010/12/27 13:15

このところ「レッズスタイルとは何ぞや?」が問われていますが、このコラムを読んだとき、ワタシの想いを代弁してくれているような気がしました。

http://www.urawa-reds.co.jp/tools/cgi-bin/view_news.cgi?action=view&nid=6479

勝っても負けても、浦和レッズ。
選手だけに「ひたむきさ」を求めるのでなく、サポも「ひたむきさ」を忘れてはなりません。
ワタシにとっての「レッズスタイル」は、クラブもチームもサポも一丸となった「ひたむきさ」であり、これは今でもワタシの中では変わっていません。

「Jリーグが始まり、サッカークラブは、みんなを幸せにするために存在すること、浦和レッズにはその使命があることを多くの人が確認した1993シーズンが終わった。苦しいことが多かったが、チームとサポーターが一つになって真っ直ぐに戦うという、レッズの原点となるシーズンだった。」

奇しくも初年度の開幕戦も最終節もG大阪戦でした。
原点に帰ろう・・・そんな時期なのかも知れませんね。

投稿: nigoe | 2010/12/27 14:09

コメント2回目のものです。

> 監督、コーチングスタッフ、選手、フロント、クラブスタッフ、サポ、つまりクラブとしての総合力がそこまでだったということでしょう。
>

セットだと私も思いますし、力不足だったと思います。

仙台戦は気持ちの入ったとてもいい試合でした。勝ちきれなかったのは仙台のがんばりもあるでしょうし、それでもいい試合でした。私はそう感じました。

選手が挨拶に来たとき、一部サポは異常な荒れっぷりでした。

私はなんで?どうして?と思いました。

おとなしい阿部ちゃんが怒ったような表情をしていたのを思い出します。

投稿: ゆう | 2010/12/27 14:19

いくつか前のエントリーで横浜フリューゲルスが取り上げられていました。自分がフリューゲルスのサポーターだったらあの天皇杯の決勝は、「いつまでも試合が終わらなければいい 」と祈るような気持ちで観ただろう、と思いながらあの番組をみていました。
フィンケ監督の退任とそれについてのクラブの対応は本当に残念で、降格のときなんかよりもはるかに失望は深いのですが、そこにクラブが在ることの幸せをもう一度噛みしめて、これからの関わり方を考えようと思っています。

投稿: げったん | 2010/12/27 16:57

私も フィンケ監督の辞任が悲しいです。
本当の『赤いサポーター』なら監督や選手を信頼しているのだろう。
『負けても 勝っても 浦和レッズ』だと思います。

来年は監督もコーチも変わりますが私はゴール裏で喉が枯れるまで応援します。

投稿: elise.sports. | 2010/12/27 17:47

皆様コメントありがとうございます。

投稿: にゃんた2号 | 2010/12/27 20:59

続き
いろいろな方のいろいろな考えを参考にし、自分の考えをさらに整理したいと思います。

投稿: にゃんた2号 | 2010/12/27 21:01

勝てなくて悔しがるよりも、勝たなきゃいけないのかなぁ~とか言う選手が、夢なんか与えられませんよね。
勝負だから結果的に勝てなくても仕方ないけど、勝とうとする気持ちから逃げる選手を信じろとは、甘えるにもほどがります。
降格した時に「浦和レッズは優勝するためにあるんだからー」と叫んだ少女にみんな涙したはずなのに、なぜ今、勝つ執念から逃げることを容認するのか理解できません。
それと、勝てないから何でもかんでも怒るコアサポの行動は、全く別ですが。

投稿: ゆめこ | 2010/12/27 22:27

負けるのは、常に敗者の側に「勝とうとする気持ちが欠けているから」なんでしょうか・・・
負けるのは、常に敗者の側が怠惰だからなんでしょうか・・・

選手よりも、クラブよりも、勝利だけを愛している人たちがいるような気がします。

投稿: sat | 2010/12/27 23:46

よく言われる言葉「勝者のメンタリティー」

勝たなければ監督選手の理想や悩み苦しみ一切を全否定できる凶器の言葉だと思います。
こいつらにはそれがないんだ!と言ってしまえば何も考える必要もなく人格攻撃で溜飲を下げられます。メディアのバッシングはただのアンチだけではなく、ちゃんとそういう層に阿る計算が働いてると思います。

この2年で分かったのは、それを声高に叫ぶ人達は信用するに足らないということでした。フロントも声の大きいサポーターも。
負けていいとか、勝たなくてもいいなんて言葉をメディア経由でな聞いた人っていませんよね?誰だって勝ちたいのに。2008年の大崩壊からその方法を模索するのに
始めた長い旅だったのに。声の大きい人ほど、悩みや苦しみをすぐに忘れる気がします。

投稿: くらくら | 2010/12/28 04:30

とりあえずひとつだけ。くらくらさんの
>>負けていいとか、勝たなくてもいいなんて言葉を聞いた人っていませんよね
ワタシもこれずっと思っていました。『我慢』という言葉はよく聞いたんですが、もしかしたら『勝つのを我慢する』と理解してた人が多かったんですかね。ワタシは『勝てなくても我慢強く応援する』って意味だと思ってたんですが。

投稿: にゃんた2号 | 2010/12/28 08:46

>2011年シーズンも終わりました。
ちょっと気が早いですよ。
2011年がよいとしでありますように。

投稿: ぽーら | 2010/12/28 21:10

うわ、酷い間違い!

ご指摘ありがとうございました。戒めのため取り消し線にしときました。

ワタシも、2011年がよいとしでありますように。

投稿: にゃんた2号 | 2010/12/28 22:17

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