余はいかにしてダム愛好家となりしか

ワタシのダムに関する記憶その1はテレビである。

ワタシの幼少期、テレビはまだ発展途上期でカラー放送はまだ始まったばかりであり、カラーテレビは一部のお大尽の家にしかなく、貧乏だった我が家では白黒の画面の端に表示される『カラー』の文字を指をくわえて見ているしかなかった。あ、よくわからない人も多いと思うから補足すると、カラー化技術が実用化されてもすべての番組が一斉にカラー化されたわけじゃなく一部の番組に限られていてカラー番組の最初にはそういう表示がされていたのだ。まあ要するにワタシはジジイなのである。以上余談終わり。

んで、当時のテレビなのだが短時間風景をただ流すだけという名曲アルバム的作りの番組が多かった。

今考えてみれば、いろんな事情で放送時間に穴が空いてそれを埋めるために手持ちの映像を簡単な編集で流してたんだろうと想像できるが、そんな中にダムのものがあったのだ。もちろんそれがどこのダムだったかは覚えていないが、何故か『〇〇ダム』というタイトルからダムのいろいろな箇所の映像が流れたあと唐突にCMに切り替わって終わったことまでを覚えている。それがジジイになった今でも妙に頭の中に残っているのだ。
 

記憶その2は遠足である。

ワタシが幼少期を過ごした街には川が流れておりその上流には防災用のダムが設置されていた。保育所だか小学校だか忘れたが何度かそのダムに遠足に行きダムを身近に感じていた。ただ、そのダムは普段水を貯めておらず堤体の上流側にも簡単に行けたし、堤体に近づくのはもちろん触り放題ですらあったんで、我ながらイマイチダムが何のために存在しているかを理解していなかったフシがある。でも子供の目からは充分デカかった堤高30mあまりのそのダムが原体験になっていることが、今でもダムを見ていちいち『でっけー』と驚ける理由になってるような気がする。

もちろん今でもそのダムは存在しているのだが、愛好家の間では結構珍しい存在になっているようだ。
 

記憶その3は本である。

確か中学2年のときだったと思うが、ワタシは図書委員に任命された。図書室(小さい田舎の学校だったので『館』じゃないのだ)の本を整理していたところ『アルプスにダムができる』というタイトルの本を見つけて何気なく手に取ってみたらこれが面白い。いわゆる安曇3ダムができるまでを綴った本なのだが放課後までかけて全部イッキ読みしてしまった。

ワタシはダムのだいたいの形式と揚水発電をこの本で知った。これをきっかけに土木工学に目覚めエンジニアを志し今や立派な工学博士なーんていうと実にカッコいいんだが、大変残念なことにワタシは理数系科目が絶望的に苦手だったのだ。

ちなみにこれを書くのでこの本についてググってみたところ、ちゃんと国会図書館の蔵書に存在することが判明した。
 

まあ別にこれらの記憶がワタシをダム愛好家にしたと力説するつもりはないが、人生をちょっとずつ伸びてやがて枯れる木に準えれば、たぶんダムという語句が割と若いうちに生えた枝の部分にたまたま引っ掛かったんだろう、そう考えている。