2022年5月 8日 (日)

大倉川農地防災ダム

いろんな意味でブログを書く余裕がなくて放置プレイ状態だったが、新年以来の記事を書いてうpすることにした。とは言いつつ実際にダムを見に行ったのは去年の12月なのであった。
 

富士山の麓は大変複雑な地形になっている。ただ、そこには大きな河川はない。「富士川」と名付けられた一級河川は富士東麓の山脈を隔てた谷を流れており、決して麓に位置してはいない。いくつかの有名な湖が存在するものの、それはすべて溶岩台地の窪みに水が貯まった自然湖であり、ダムとか人造湖の存在が稀な日本では比較的レアなエリアである。

そんな富士の麓にあるほぼ唯一のダム(小規模な溜池以外という意)が大倉川農地防災ダムである。堤高45m、堤頂長152mと中の小くらいの規模のロックフィルダムで、その名の通り目的が限定されている。それも発電用みたいなエネルギー政策の一翼を担う派手な役割ではなく、治水専用というどちらかといえば(重要だが)地味な目的を担っている。

ただ、周りは火山灰台地で洪水を起こすような地形には見えないし、実際に現地へ行って見てみても、堤体の上流側にはほとんど水が貯められていないため、何となく違和感が残る。その理由は、このダムが備える洪水とは東の山脈を越えたところにある富士川の支流の芝川の洪水だからなのである。芝川が増水して溢れそうになった時だけバイパスの水路を通してこのダム湖に溜められる。以前記事にした山形の前川ダムと同じパターンだ。
 

あと、このダムは日本一富士山が近くに見えるダムだと思う。富士山周辺には観光地がたくさんあることもあって、このダムの知名度は非常に低い。風景的にも地味でダム趣味界隈でも影の薄い存在である。ただ、富士山からの近さという観点からは日本一のダムだと思う。もしかしたらもっと遠くても富士が美しく見えるダムがあるかもしれないからあえて『日本一美しく見える』とは書かないが。

私が行った時は幸いなことに雲一つない快晴で、右岸からは堤体と富士が同時に見えた。この大きさの富士山が堤体といっしょに見えるダムはここが唯一かもしれない。

あと、左岸は台地上から一段下がった場所、右岸は山がすぐそばまで迫っていて、人家からさほど離れていないのに堤体からは人工物がほとんど見えない。独特なロケーションに位置している。これも富士山麓の火山灰台地の複雑な地形ゆえだろう。真冬の割には穏やかな暖かい日だったため、天端上に椅子を置いて本を読んでいる人がいた。

こういう個性的なダムだが、ダムカードが発行されている。管理事務所でも配布しているが平日の午前中のみという限られた時間なので、実質ダムから数キロ離れた場所にある「富士ミルクランド」という観光施設がメインの配布場所となっている。
 

ということで車載動画。今回はダムが出発点。

 

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2020年2月12日 (水)

新豊根ダム

十津川村のダム見物の翌日、埼玉へ帰る途中にもどこかダムへ寄ることにした。とはいっても紀伊半島から関東平野までは500km超もあるためそれだけで一日仕事。あっちこっち回っている余裕はない。

愛知県の山間部の矢作ダムを第一候補に考えたが、周辺には他にもダムが点在しておりいろいろプランを考えていると結局あっちこっち回ることになってしまうし、そもそも矢作ダムは20年前に一度見に行ったことがあるのでボツ。

行ったことがないダムでポツンと残っているようなところはないかと探した結果、1か所良さげなところが浮上した。一昨年『かわいそうな国道』こと国道151号(R151)を北上した際に、がけ崩れのため通行止めで行けなかった新豊根ダムだ。去年の秋に天竜川を遡った際にも、佐久間ダムと組み合わせて見れないかと検討したのだが時間的に諦めざるを得なかった。今度こそ、というわけで2年ぶりに三河の山奥に向かうことにした。


新豊根ダムの所在地は愛知県豊根村、前回は愛知県道428号(r428)を豊根村の中心集落まで行ったところで通行止めだったが今回は問題なく通過する。その少し先で『みどり湖』と名付けられた新豊根ダムのダム湖の畔に出る。つまりダムまでは上流から向かう。というか下流からの県道(こっちはr429)が長らく通行止めのため上流から向かうしかないのだが。

ダム湖の縁を忠実にトレースしたくねくね道を延々と走る。途中人家はなくダムに用のある車しか通らないと思われ案の定対向車も皆無だ。風景もあまり変化がない。そんな道に飽きてきた頃やっとダムサイト左岸に到着する。先ほどの中心集落から11kmほどだがそれよりも長く感じた。


ついにキター!と勇んで堤体の下流側にある展望台に上がったら、予想以上の高さに腰が引ける。高所恐怖症的には見下ろすのが無理な高さである。堤高116.5mの大アーチダムではあるが同じくらいの高さのアーチは今までにも何基も行っているのでナメていた。でもここは今まで見物に行ったどこよりも怖かった。

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その最大の理由と思われるのは下流側の谷がハンパなく狭くて深いこと。さらに堤体の両側にも山が急角度で聳え立っている。ありふれた表現だが谷底へ吸い込まれるようだ。高さから来る恐怖はスペックよりもその環境や状況に左右されるらしい。


天端は歩行者の立ち入りが可能なのでおっかなびっくり歩いてみる。当然下流側には怖くて近づけないのだが、それでも谷の深さは感じられる。天端の中央には非常用洪水吐のゲート支柱が突き出ている。重力式ではよく見るがアーチ式では珍しいかも。そういえば佐久間ダムの天端にもでっかい支柱が目立っていたが、それとの共通性と考えれば納得がいく。というのも、このダムも電源開発の所有であり、佐久間ダムとの間で揚水発電が行われているからである。佐久間ダムとは兄弟(姉妹でも可)なのだ。

右岸の手前で立入禁止の柵があってそこから先には行けなくなっていた。右岸側からも写真を撮ろうと目論んでいたのだがカメラを構えられるスペースまで行けない。仕方がないので少し下流側の高欄からカメラを突き出してシャッターを切った。高所恐怖症には非常に勇気のいる行為であった。

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なお、このダムはただのドーム型アーチかと思ったらさにあらず、非対称放物線ドーム型という非常に難しい名前のタイプのアーチダムであった。要するに、堤体の曲面は単純なカーブの仕方じゃないということらしい。それが、普通より怖いことに関係するのかどうかはわからないが。

それから名前の『新』豊根の意味は、過去に存在した豊根発電所に対する『新』なのだそうな。去年の夏に行った新落合ダムと同じパターンだ。

ということで、車載動画。

 

この後R151を新東名まで戻り埼玉への帰路についた。R151の沿線では三遠南信自動車道の工事があちこちで進行していた。

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2020年1月29日 (水)

クチスボダム

前回の記事の通り、先週三重県尾鷲市にあるクチスボダムを見に行った。堤高35m、堤頂長98mと小規模なダムだがいろいろな面で大変見どころの多い個性的なダムだ。

まず最初に心に引っかかるのはその名前だろう。カタカナの名前はもともとアイヌの地名が多い北海道以外の地方では珍しいと思う。それも普通とは言いにくい『クチスボ』とは、全国インパクトのある名前のダム選手権があれば上位入賞間違いなしだろう。

その由来をいろいろググったがなかなかオフィシャルあるいはアカデミックなものにはヒットせずやっと見つけた個人の方のブログに依れば、ダムの設置場所にある谷の名前なんだそうな。口を窄めたような狭い谷という意味なのだろうか。
 

2つめの個性的ポイントはダムの型式である。一見変哲のないコンクリート重力式のように見えるが、よく見ると左岸側に堤体と一体化したコンクリートじゃない部分があるのに気づく。実は重力式とフィル(アース)の複合式、いわゆるコンバインダムなのである。

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小さいながらもコンバイン(なんとなくCM的フレーズ)といえば以前記事にした山形の菖蒲川ダムを思い出すが、あちらほど明確なコンバインではなくどちらかというと『いわれて見れば』とか『よく見れば』という感じではある。それが影響してなのかどうかはわからないが、重力部分の天端が全面越流式のゲートになっていてこれも他ではあまり見ない外見になっている。見物時は前記事の写真の通り放流をしていたが、堤体前面を幅いっぱい流れ落ちる水が滝のようで美しかった。日本一美しいダムと言われる白水ダムを思い出させる。行ったことないけど。
 

それからこのダムは国道425号(R425)沿いにあるが、R425は日本三大酷道のひとつと言われその筋には有名な酷道である。和歌山県御坊市からここ尾鷲市まで200km弱の殆どの区間が未整備の酷道で、見物時にもダムの10kmほど先にあるトンネルが迂回路もないのに半年以上通行止めになっていた。尾鷲市のR425起点(正式には終点)からダムまでは5km弱しかないが、その間にセンターラインがある区間はごくわずか。車がすれ違えない狭い区間がほとんどという酷道っぷりであった。

酷道と放流の様子は以下の動画にて。

 


ここは電源開発の発電専用ダムだが、見物時には前面に『電源開発○号車』という表示を付けた大型ダンプが何台もR425を走っていて、余所のダムでもよく見るがダム湖の堆砂を運び出しているようだった。数台が同時に同じ方向に走るピストン運行をしているようで、そういえば途中のR425の要所要所には誘導員らしき人が立っていた。『○号車』という表示はその人たちのための表示なのだろう。

ワタシはたまたまタイミングが良かったようでそれらと対向することはなかったが、それはあくまでワタシがラッキーだっただけで、このダムへ行くときの最大の注意点であると思う。この狭い道で大型ダンプとすれ違うのはかなりキツイ。この日は平日だったが、休日が休みになるのかどうかは未確認。確か高瀬ダムの堆砂搬出ダンプは休日も動いていたような。

ちなみに、堤体を下流から捉えた写真や動画はR425の橋の上から撮った。車1台分の幅しかなくちょうどダンプが来て慌てて袂まで待避したのだった。
 

最後の個性的ポイントは、このダムがある又口川は全国屈指の透明度を誇る銚子川の支流であることだろうか。銚子川は『奇跡の川』と呼ばれTV番組でも何度も取り上げられている。その水はミネラル分を多く含み河口の海にもたくさんの栄養分をもたらすのだとか。

清流といえばダムのない川というイメージがあるが、実は長良川も四万十川も本流にダムがないだけで支流にはダムがあるのだ。だからどうだと声高に言うつもりはないが、客観的な事実は人々が持つイメージには少しそぐわないかもしれない。
 

なお、このダムもつい最近ダムカード配布ダムになった。配布場所は尾鷲市街地にある電源開発の事務所で、ダムとは離れている。

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2020年1月23日 (木)

クチスボダム(序)

今日カタカナだけの謎のダムを見に行ってきた。

名前だけでもインパクト大なのにそれ以外にも見どころが多く、しかも放流までしていた。

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動画も撮ったので出来次第公開します。

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2020年1月 1日 (水)

謹賀新年2020

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今年もあのダムやあのダムへ行くぞ。
 

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2019年12月28日 (土)

太田川ダム

ダムから佐久間の市街地へ戻り予め調べておいたNPOが運営する食堂で昼食。実はおまわりさんに言われるまでもなくこの山間部での昼メシ事情については危惧していたので家を出る前に調べておいたのである。案の定沿道には食事できるような店は見当たらなかったので調べておいてよかった。

寒冷地の佐久間は蕎麦の産地だそうな。

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ちなみに、食堂のおばちゃんによると佐久間は国内最高気温の記録ホルダーだった時期もあったそうで、寒暖差が極端に激しい土地のようだ。
 

それから、飯田線の中部天竜の駅に行ってみる。昔電車で通った時はもっと活気があったような記憶があるが、今は駅前に商店の類はなく人もほとんどいない。広い構内も当駅発着の電車が1編成停まっている以外はガランとしている。当駅発着があるということは今でも拠点駅ではあるのだが、それを示すのは広い構内と駅員がいる有人駅であることくらいか。

ここからは県境を越え愛知県や長野県にあるダムを目指してもいいのだが、ワタシは来た道を下って天竜川と大井川の間にある太田川ダムに向かうことにした。所在地は浜松市の東に位置する静岡県森町。森町というより遠州森といったほうが通りが良いらしく、森の石松の生誕地としても有名である。大井川と天竜川にはさまれた地域では唯一のダムカード配布ダムなので、コレクター的観点からここだけポツンと残すのは効率が悪い気がしたのだった。

旧天竜市の市街地でR152から県道40号へ折れ丘陵地帯を走ること約13km、遠州森の市街地へ入る。そこから太田川沿いを遡り太田川ダムに着いた。
 

太田川ダムは堤高70mと中規模の静岡県営ダムだ。型式はコンクリート重力式だが、型通りの重力式ではなく天端がアーチ状に緩やかな曲線を描いている。重力式アーチかと思いきやここは曲線重力式というそうだ。例によって違いがよくわからないが、例によってきっと技術的には明確な線引きがあるのだろうと解釈しておく。ちなみに普通のまっすぐな重力式は直線重力式というらしい。

可動式ゲートを持たない自由越流式で非常にすっきりした外観を持つ。形容詞としては、『カッコいい』より『美しい』、『力強い』より『優しい』を使いたい。土木構造物としてのゴツゴツ感があまりないように思う。

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2008年竣工の比較的新しいダムらしくダムサイトはきれいに整備されている。見学者用駐車場は広く、土曜ということもあってかたくさんの車やバイクが停まっていた。やはり市街地に近いダムは来訪者も多い。半面、時間によっては歓迎できない来訪者(田舎ほど多い)も来るのだろう、ダムサイトへの入り口にゲートがあり管理事務所が開いている時間以外は閉鎖される。ゲートは天端より上流側にあって下流側の谷には道がないため、ゲートが閉まっている間は上流側遠くからしか堤体を見ることはできない。善良なダム愛好家は注意が必要だ。

駐車場の横には階段があってそれを昇ったところが展望台になっている。展望台のあるダムは数多あるが、なぜか真横からだったり上流面側だったり草ボーボーだったりと微妙に残念なところが多い。その点ここは、左岸斜め上の絶妙な角度から堤体下流面を捉えることができる。高低差が結構あってジジイには少々きついが頑張って上った甲斐はあった。展望台としてはかなりの高得点で、管理事務所の陰がなければ満点だった(偉そう)。

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ダムカードは管理事務所で配布されている。管理事務所の一部は展示施設になっていて一般に開放されている。ワタシが行った時は説明員のボランティア(たぶん)の方がいた。大井川や天竜川といった主要河川が電力会社や国交省のダムで占められているためか、このダムが静岡県営ダムのフラッグシップなのだろう。広報活動にひときわ力が入っているように感じた。
 

このダムは名前の通り、太田川水系太田川にある。太田川という名前で最もメジャーだと思われるのは広島市内を流れる一級河川だが、同名のダムは静岡にあるのだった。個人的な話であるが、ワタシの田舎にある小匠ダムがあるのも太田川水系なので実は以前からこのダムのことは気になっていた。名前だけじゃんといえばまったくその通りなのだが。


これで静岡県の二大メジャー河川+αを訪ねる旅は終了。新東名の遠州森インターから帰路につく。土曜の午後の上りなのである程度の渋滞は覚悟していたが圏央道より外まで渋滞は伸びておらず特に問題なく埼玉へ戻ることができた。

さて車中泊旅にはハードルが高くて雪道のリスクも高い冬の間はどうするかな・・・。
 

太田川ダムを見に行く車載動画。たぶん今年最後の動画になります。

 

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2019年12月25日 (水)

佐久間ダム

草木トンネルから水窪市街地を経由しR473の交点までR152を戻る。交点から先のR473もR152同様広狭入り混じる酷道で、交点にある橋を渡ったところでいきなり大型トレーラーと対向してバックする。旧佐久間町は人口5,000人強(2005年の合併時、wiki調べ)と水窪と並んでこの辺りではそれなりの街なのにそこまでの道はこんな有様だ。同じ県内の静岡市同様、天下の政令指定都市浜松市でも中心地から離れたところには酷道が残るようだ。

旧佐久間町の市街地は発電所を中心に広がっている。この発電所はもちろん佐久間ダムによる水力発電所である。R473はその広い敷地を避けるように裏手をトンネルで通過し、その先で佐久間ダムへのルートである愛知・静岡・長野県道1号(r1)と分岐する。長い名前はこれら3県にまたがって走っているから。県跨ぎの都道府県道の多くは同じ番号で統一されているのであった。

R473と分かれたr1はいきなりダムサイトへの急な登りにかかる。1kmほど登りいくつかのトンネルを抜けると佐久間ダムのダムサイトへ着いた。
 

堤高155.5mはワタシの基準でも巨大ダムの範疇に入るが竣工は1956年、昭和でいうと31年、つまり第二次大戦の終戦後11年のこと。しかも着工年1953年だからわずか3年で完成させたのである。もちろん当時日本最大のダムであった。いろんな意味で日本の巨大ダムの先駆けなのだ。サッカーでいうと三浦カズさんみたいな偉大な存在でありレジェンドなのである。

そんな愛好家必見のダムにワタシは初めて来た。学生時代に一度だけJR飯田線(当時は国鉄)に乗って佐久間を通過したがダムには寄っていない。前の記事でも触れているが道路で北へ抜けるルートが非常にプアーなため、例えば飯田線を完乗するとかそういう目的を持って来ない限りこの山間の街をたまたま通ってそのついでにダムを見るなんてことはたぶんない。
 

ダムサイトから少し登った左岸の崖の上に佐久間電力館という展示施設があるので、まずはそこへ向かう。このダムは電源開発所有なのでそこの運営だ。ここの他にも御母衣、奥只見等日本を代表するダムを複数持つ天下の電源開発だけあって電力館は非常に立派なものであった。昨日日帰り湯に入ったホテルにも道の駅にもなかったシャワートイレが完備されている。昨日のおまわりさんが『この奥で見るところといえば電力館くらいしかない』と言っていただけのことはある。

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一通り展示物を見た後電力館の屋上へ。ダムの展望台を兼ねており堤体を上から見渡せる。堤高が高すぎて下流面が河床まで見られない。堂々たる体躯に高く突き出たゲート支柱が船明、秋葉両ダムと見た目上の共通点で、電源開発の兄弟ダムであることを感じさせる。
 

電力館から下り天端を渡る。上から見ても目立っていたゲート支柱は天端上から見ると物凄くデカかった。そしてそのてっぺんの左岸側には『佐久間ダム 電源開発株式会社』の文字、それもペイントとかじゃなくレリーフ状の物が取り付けられている。下流側を見下ろすとやはり150m超え、河床がはるか下に見え高所恐怖症的には高覧沿いまで近づけない。もちろんゲート本体もデカくそれを抱える堤体もデカい。さすがは天竜川の首領だけあって堂々たる存在感である。いや歴史的にも規模的にも日本の重力式ダムの首領と言ったほうがふさわしいか。同じくらいの規模の重力式でも浦山や宮ケ瀬あたりの若造にはこのオーラはない。

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天端上つまり天竜川が県境になっていて右岸は愛知県である。r1は天端を過ぎてすぐトンネルに入るため右岸上流側は山肌がそのままダム湖へと落ち込んでいる。この先r1はダム湖右岸沿いを延々と走り次の集落までは20km、その間ほとんど人家はないらしい。
 

このダムにはもう1か所左岸下流側の天端レベルに展望台があったらしい。そこから撮ったと思しき左岸低い位置からの写真をよく見かける。ワタシもその場所を探したのだが、それらしき入り口は柵で塞がれており残念ながら今は閉鎖されてしまったようだ。そこは左岸下流のトンネル内から出入りするベランダ状の場所と思われ、老朽化により不特定多数立ち入りの安全が担保できなくなったのではないかと思われる。重力式の個人的ベストポジションたる下流側斜め45度からの眺めが失われてしまったのは残念だ。

ネットで見た情報によれば、佐久間ダムはかつて国鉄の『周遊指定地』になっていたらしい。簡単に言うと、日本を代表する観光地に指定されていたということだ。展望台はそのころ観光のために設置されたが、時が流れ見に来る客も減ったので老朽化しても更新されなかった、そういうことなのだろう。、

観光地としては衰退してしまったが、それはダムの機能にはまったく関係のないこと。佐久間ダムは今でも天竜川の盟主として堂々たる姿で聳え立っている。あらためてその存在の大きさ(物理的&抽象的)を実感することができた。やっぱり来て良かった。
 

水窪ダムから草木トンネルを経て佐久間ダムへ至る車載動画。

 

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2019年12月21日 (土)

草木トンネル

旧水窪町は静岡県西部では最北に位置し峠を挟んで長野県と接している。主要な峠は2箇所あり青崩峠(あおくずれとうげ)と兵越峠(ひょうごしとうげ)である。R152が前者、今走っている林道が後者を通っている。が、ややこしいことに青崩峠には車道がなくR152はいわゆる分断国道で通り抜け不能のため兵越峠の林道でしか県境を越えられない。これはR152が国道に指定された時からそうなっていて今に始まった話ではない。

その状況を解決すべく計画されたのが三遠南信自動車道で、兵越峠に県境のトンネルをぶち抜く計画を立てそのためにまず青崩峠へ通じる谷から兵越峠へ通じる谷へのトンネルを完成させた。草木(くさぎ)トンネル延長1,311m、三遠南信道へ編入するのを前提にいわゆる高速道路規格で建設されたのだった。

しかし地質調査の結果、兵越峠は長大トンネルを掘るには地盤が弱いことが判明し三遠南信道のトンネルは青崩峠へとルート変更された。いかにも国家事業の杜撰さを物語る話であるが、かくして高速道路になるはずだった草木トンネルは一般道へと格下げされたのである。先に続く道の状況を考えると『オーバークオリティな林道』ということもできる。

前置きが長くなったが、水窪ダムへの林道は兵越峠へ通じておりいわば草木トンネルの旧道である。ここまで来たからにはそんな異色の来歴を持つトンネルを通ってみようとダム愛好家であるとともに道路ヲタでもあるワタシは思った。
 

支流にある水窪ダムから少し戻り、さらに渓谷沿いの林道を上流へと遡る。道路の状況は変わらず狭隘路が続くが舗装された路面はあまり荒れていないし対向車もほとんど来ない。狭い谷の両側は切り立ち平地は林道を通すだけでいっぱいだが、そんな土地でもぽつりぽつりと人家が現れ、明らかに人が住んでいる気配も見えた。今流行りのポツンと一軒家そのものの世界である。あの番組に出てくる場所よりも道路については若干マシかもしれないけれど。

渓谷沿いは紅葉が素晴らしく車を停めて写真を撮る。思わぬ場所で見つけた絶景は旅の醍醐味である。でもこんなところに観光客が殺到したら酷険道を走り慣れていない車がたくさん迷い込んできて地元の人は迷惑だろうからあまり知られない方がいいだろうな。
 

水窪ダムから8km走ると林道は渓谷を離れ登り勾配へ、山肌に数軒の家が集まる集落に入った。その名は草木。集落を抜けたあたりで林道はデカい高架橋の下をくぐりその上を走る超立派な道路に合流する。合流地点から先で道幅が狭まっているのが見えるがその先が兵越峠のようだ。そして反対方向が草木トンネルだった。

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トンネルの入り口は山肌にあってそこまではほぼダイレクトに高架橋でつながっている。高速道路でよく見る構造である。草木トンネルが高規格で造られた証だ。トンネル断面もやはり高速道路並みに大きいが、(峠からの下り方向)左側に不自然なほど広い歩道が設けられており2車線分の車道はこれも不自然に右に寄っている。歩道は一般道へ格下げ後に追加されたものだそうで、これらも高規格時代の名残である。もっとも、走る分にはごく普通のトンネルで、あっという間に通り抜けてしまった。

このトンネルを『悲劇の』とか『不運の』とか、ましてや『リストラに遭った』的な形容をするつもりはまったくない。国鉄未成線みたいに建設途中で放り出されたのならまだしも、当初の予定よりは小さくなったとはいえちゃんと社会インフラとして機能し誰かがその恩恵を受けているのだから。もちろん杜撰な計画を立ててろくに見直しもせずにやっちまった国に対してはちゃんとしろやとは思うが。

草木トンネルの水窪側の近くでは青崩峠トンネルの工事が始まっていた。新たなルートを切り拓く作業を横目で見ながら名前の通り草木集落への経路という役割に徹している草木トンネルなのであった。

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2019年12月18日 (水)

水窪ダム(静岡)

人跡稀なR152をしばらく走ると天竜川本流と支流の水窪川が分かれる場所に着く。道路もそこで旧佐久間町へ行くR473と旧水窪町へ通じるR152に分かれる。秋葉ダムの先の山中には街があって人もいるのだが、そこへ着くまでの途中には何もないのであった。最終目的地の佐久間ダムはR473方面だが、先に水窪にあるダムを見るためR152へと進む。

ここまでのR152は田舎道ながら2車線は確保された整備済みの国道だったが、R473分岐以北のR152は道幅が狭くなり場所によってはすれ違いにも難儀する酷道になる。いくら山奥とはいえ旧水窪町は合併前の人口3,200人強(2005年の合併時、wiki調べ )とそれなりの規模の街なので通る車の数も多い。政令指定都市を走る100番台国道としてはあまりにお粗末というのが率直な感想である。
 

水窪の街から林道で9kmほど渓谷を走った山奥に水窪ダムはある。道幅は普通車1台+αといったところで、狭いが交通量がほとんどないので走りにくさはない。個人的にはこっちよりも水窪までのR152のような道の方が嫌いだ。

途中でさらに分岐し登り勾配を走ること3km、短いトンネルを抜けたところで目の前に水窪ダムの堤体が姿を現す。ちょうどそこに車が2台程度停められるバルコニーみたいな場所が設けられていた。堤体下流面を正面から捉えられる展望用のスペースである。
 

読みは『みさくぼ』。過去記事にも書いているが水窪と書くダムは山形にもあってそっちは『みずくぼ』と読む。やはりここも電源開発の発電用ダムだが、型式ロックフィルという点が船明、秋葉との最大の違いである。

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堤高105mの大ダムだが、山々に囲まれた狭い渓谷にあるせいかあまり大きい感じはしない。初期のロックフィルでリップラップは未成形。さらに天端の道路にガードレールや柵がないことから、建造物というよりも地形の一部のようにも見える。周辺は紅葉の盛りで目に見える風景全体が素晴らしい。ただ初冬の朝の低い位置にある太陽で日陰と日向のコントラストが激し過ぎて、ワタシのカメラの腕では全然キレイに撮れなかった。しかもそれを誰かと共有しようにも携帯は圏外で、せっかく撮った画像を送ることはできない。
 

左岸にある広いスペースに車を停め天端を歩く。堤頂長は258mと堤高の割には短め。天端は緩くアーチ状に曲がっておりリップラップはスプーンですくい取ったような形状をしている。下流のダム下をのぞき込むとロックフィルとしては傾斜がきつく、もし天端を踏み外したら下まで転がり落ちそうだ。高所恐怖症的には転がれる余地がある分なんとか大丈夫。

右岸には機械室だか管理事務所だかの建屋があるが人がいる気配はない。建屋はダム湖の際に建っていてその下には洪水吐のゲートらしきものが見える。しかし下流側にはゲートも導流壁も見えない。事前情報によれば洪水吐からの導流路は地下トンネルになっているらしい。それも建造物感が薄い理由のひとつのようだ。
 

林道を水窪の街に戻るが、まっすぐ戻るのではなく途中で分岐した箇所をさらに山奥に向けて走る。実は1か所ダム以外で寄りたい場所(というか通りたい道)があるのだ。

ということで、秋葉ダムから水窪ダムへの車載動画。

 

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2019年12月14日 (土)

秋葉ダム

船明ダムからR152を走ること13km、旧龍山村の中心集落の手前まで来ると秋葉ダムの堤体が見えてくる。集落はR152より一段下の、天竜川が支流の白倉川を分けるところの山と山に挟まれた狭い平地にあり、郵便局や店があってそれなりの規模である。秋葉ダムはそんな集落を後ろから見守るように立っている。『ダムのある村』というフレーズがしっくりくるような情景だ。

読みは『あきは』と濁らない。天竜川左岸側(東)に聳える秋葉山およびそこに祀られる秋葉山神社に因む名称である。ダム湖名も秋葉湖だがダム便覧によるとその読みは何故か『あきばこ』と濁るらしい(全然関係ないが変換したら『空き箱』と出て脱力した)。
 

ここも電源開発所有の発電用ダムで、AWIの目的が後から追加されたのも船明ダムと同じである。それに加えて上流の佐久間ダムの逆調整池機能も持っている。復習すると、上流の大ダムからの大量の放流の時間的量的なバラツキを緩和して下流に影響させないという働きのことだ。

型式はコンクリート重力式。ゲートを堤体前面に幅広く配しゲートの支柱が天端から大きく突き出た外見は船明ダムとも通じる。見物前に堤体の写真を見て中の小くらいの規模のダムをイメージしていたのだが、実際に間近で見てみると思いのほか大ダム感が強い。船明ダムが大ダムの越流部のゲートだけを切り取ったとすると、ここは大ダムを上下に分割し上半分だけを置いたように見える。

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ただ、船明ダムはそう見えるだけだが、実はこのダムは見えるだけではなく実際にそうなのである。堤高はどう見ても4~50mほどにしか見えないが、公式スペックではなんと驚きの89m。湯田ダムとか三重の宮川ダムあたりと同じくらいで、地方の支店の幹部クラスなのだ(意味不明)。

その理由は、このダムの建設地点は基礎地盤が非常に深かったため河床を掘り込んで造られていて、本当に堤体の半分ほどしか水面上に出ていないからである。つまり正確には『思いのほか大ダム感が強い』のではなく、サイズに応じたヘビーデューティーな造りになっているだけなのであった。よく人を見た目で判断してはいけないと言われ、個人的には必ずしもそうは思わないんだけれども、このダムに関してはまったくその通りなのである。

ちなみに、このダムを見に行くにあたってたくさんのダム愛好家の皆様のブログの記事を見てみたのだが、例外なく『そんな高さがあるようには見えない』と書かれていてちょっと笑ってしまった。感じることは皆同じ。
 

そんな見かけによらない秋葉ダムの隠された下半身に思いをはせるとすればやはり真正面から対峙したいところだが、大変嬉しいことに堤体の下流100mほどのところに歩行者用の赤い吊り橋が架けられている。これもダム愛好家の間では有名な橋だ。

ワタシもカメラを携えてその橋へ向かう。長島ダムのダム下にあった吊り橋は頑丈なコンクリート製の上路橋だったが、ここはワイヤーで狭い床板が吊られた下路橋で、歩くと結構揺れる。河床からは10mほど、たちまち高所恐怖症が頭をもたげ3mほど進んだところで何枚か写真を撮って引き返したのであった。

橋の名誉のために書いておくが(大げさ)、橋はちゃんとした造りで高所恐怖症でない人には何の問題もないと思う。
 

R152はダムの右岸をトンネルでパスしている。一般車の通行が可能な天端はR152とつながっているのだが、交差点はトンネル内にある。たいていのトンネル内の交差点は信号が設置されていたり一方通行や右左折の制限等の規制があったりするがここはまったく何もない。R152への右折用と左折用でY字状に分かれているものの、合流は運転者の判断で行うしかない。

しかもR152側もダムの建設時期に掘られたためか2車線分のトンネルとしては幅が狭いので、細心の注意が必要である。頼りはトンネルの天井に設置された半円状のカーブミラーだけ、ワタシは通過してからあるのに気づいたが。
 

なお、ワタシが行った時は堤体左岸の駐車場にはプレハブが組まれたくさんの業者の車が停まっていた。恐らく何らかの工事が進行中だったのだろう。

そういえばこのダムには堤体両岸にそれぞれ独立した発電所(秋葉第二、秋葉第三)が設置され稼働しているが、右岸にある第三発電所は竣工後に堤体に大工事を施して設置したのだそうな。竣工年は1958年だから過去から現在まで60年間にわたってずっとバージョンアップを続ける秋葉ダムすごい。
 

秋葉ダムの先のR152はしばらく秋葉湖に沿って上流へと進む。集落はごく少なく見えるのは川と両岸に高く聳える山ばかり。この先に街はあるのか、人はいるのか。
 

船明ダムから秋葉ダムへの車載動画。

 

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