2022年1月 1日 (土)

謹賀新年2022

 
あけましておめでとうございます。
 

今年の最初は車載動画から。

 

お正月感はまるでないけど。

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2021年12月24日 (金)

大門ダム

塩川ダムからまた谷を下りさらに西へ、今度は八ヶ岳連峰東麓の斜面へと移動する。ここまでは県道や広域農道を走り継いできたが、今度は韮崎市と長野県小諸市を結ぶ国道141号(R141)に入って北上する。

近くにはJR小海線が走っていて県境近くには『鉄道最高地点』があるほどの高地で、そこまでは登り勾配一方だ。塩川や荒川のようなわかりやすい谷はなく、斜面上を流れる川が台地上に複雑な凹みを刻んでいる。

R141が谷のどん詰まりを大きな右カーブで回避する少し手前に『大門ダム↑』という小さな標識を見つけ、右方向へ下る狭い道へと入る。普通車のすれ違いも難しい狭路をしばし走ると大門ダム堤体の右岸に出た。

幹線国道たるR141のすぐそばにありながら、R141からはほとんど見えず、堤体へ通じる道やダム湖周辺の道も狭く走りづらい。ひっそりと佇むという表現がふさわしく感じた。

車載動画はこちら。

 
  

大門ダムは堤高65.5m、堤頂長180mの重力式コンクリートダムで、塩川ダムと同様自然越流式の近代的ですっきりしたルックスである。

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ロケーション的には、河川を堰き止めているというよりは前述のような複雑な地形の中で水が溜められそうな窪地の入り口を締め切っているように見える。もちろん河川が存在するからこそ谷が出来、水が溜められるのでそんな訳はないのだが、そう見えるのにはもうひとつ理由がある。ダム湖の右岸側にアスファルトのいわゆる表面遮水層が存在しており、湖岸が自然のままでなく人工物に覆われているから。地質が八ヶ岳の火山灰土で透水性が高く施工しないと水が溜められないためだそうな。

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ダム湖名は清里湖。昭和のころ超メジャーな観光地だった清里の近くにあることからの命名である。竣工が1987年(昭和62年)なので、まだ清里が賑わっていた頃だ。この後清里の駅へ行ってみたのだが駅前の店はほとんどが閉まっていて、明らかに廃業した店舗も数多く見られた。辛うじて営業していた土産物屋さんで聞いたら、今は土日しか空けない店がほとんどなのだそうな。ただ、ネット上ではそんな今の清里が衰退した観光地の象徴みたいに扱われているが、静かな高原の里という本来の姿に戻っただけではないかと私は思う。
 

閑話休題。

ダムカードをいただきに大門ダムの管理所へ行く。もらったのは大門ダムカードの他もう1枚。

広瀬、琴川、深城、荒川、塩川、そしてここ大門の6つの山梨県営ダムカードをコンプリートしたら『総合ダムカード』なるものがもらえると下調べをしてあったので、以前もらった広瀬、琴川、深城のダムカードも持ってきていたのだった。『総合ダムカード』の代わりに既存6ダムカードに針で穴を開けられたのだがこれも下調べの通りだった。穴と言ってもよく見ないとわからないくらいの目立たないものだ。

6箇所の位置関係から想像するに、コンプリートの最終となるダムはここ大門ダムが圧倒的に多いのではないか。なるべく無駄のないルートで回ろうとするとやはり一番端にあるところが最後になりやすいと思うので。実際、大門ダムの管理所には「針で穴開けキット」的な装置が玄関に常備されていたし。

ということで山梨県営ダムはコンプリートと思いきや、実は県営ダムはこれだけではない。南アルプスの麓に西山ダムと小樺(こかんば)ダムという2基があって西山ダムについてはダムカードも発行されている。甲府盆地からはかなり離れており、西山ダムは一本道の県道を35kmも遡らねば辿り着けないかなりの奥地にあるし、小樺ダムに至ってはその更に奥の一般車通行止めの場所にあるのでコンプの対象外としたのであろう。今回これらのダムへは行かないが、いつか日本一人口の少ない町である早川町訪問とセットで訪れてみたいものだ。
 

さて、これで山梨西部のダム巡りは終了なのだが、あともう一基ここからそう遠くないダムに再訪してから帰ることにする。

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2021年12月 8日 (水)

塩川ダム

荒川ダムからいったん中央本線や国道20号の走る谷の斜面まで戻り西進、今度は塩川という河川の谷を遡っていく。その奥には増富ラジウム温泉だとか、どん詰まりには日本百名山の瑞牆山(みずがきやま)が控えるが、塩川ダムはその手前にある。

ダムまでの道程には集落が点在していて、しかも紅葉のビューポイント的な場所もあるため、意外に交通量は多い。道路は未改良、改良済み、改良工事中の箇所が混在しているが、未改良箇所も普通車同士がすれ違い出来る程度の幅は確保されていた。

ということで車載動画。

 

 

ダムの両岸は切り立った山肌だが、左岸側の堤体からひと山越えた辺りが鞍部で比較的なだらかな斜面になっていて、道路はそこを大きなヘアピンでゆったりと登っていく。鞍部の台地上に到達すると、そこにはビジターセンター等の観光施設があった。駐車場には結構な台数の車が停まっていて、観光の人もたくさん歩いている。正直なところ山の中の寂しい風景を想像していたが、予想していたよりも盛況な雰囲気である。

その理由はダム湖の周りの山を見ればすぐに納得できる。一面の紅葉で、荒川ダム周辺よりもさらに見事な風景である。ダム湖には『みずがき湖』という名前が付けられており、検索すると『みずがき湖 紅葉』という候補が表示される。つまりは、ここも紅葉の名所なのであった。

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ただ、ワタシの目的はあくまでもダム、左岸のトンネルを抜け天端を渡って管理事務所の駐車場へ入ると、そちらには人はいなかった。

塩川ダムは堤高79m、堤頂長225m、県営の重力式コンクリートダムである。竣工1997年(平成9年)と比較的新しいダムであるため、可動ゲートレス&V字集約型の導流壁を持つ平成スタイルであった。モダンでクールな外見である。

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残念だったのは、右岸側に斜め前から堤体を見渡せる場所が設けられているにも関わらず、そこが閉ざされて入れなかったことである。ネット上で拾った画像を見る限りそこから撮ったぽいものが見受けられるのになあ。もちろん無断進入はしなかったけど。


気を取り直してビジターセンターへ移動する。みずがき湖は堤体に対して横長に広がっており、ビジターセンターも湖畔に建っているのだが、前述の通りその辺りは山と山の間の鞍部になっている。ビジターセンター横の湖岸をよく見るとロックフィルダムのリップラップ様に岩が積み上げられていて、後で調べたところ、鞍部ダムとは呼ばれていないものの浸食を防ぐための表面処理を施工されているとのことであった。

ちょうど昼時だったのでビジターセンターで名物のベーコンカレーを食す。デカい厚切りベーコンが2切れものったボリューミーなメニューで、うまかったけどワタシにはチト多かったかも。そういえば外食も久しぶりなのであった。

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さて、次は往年の超メジャー観光地のほど近くにあるダムを目指す。

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2021年11月22日 (月)

荒川ダム

コロナも少し落ち着きダム巡り程度なら出来る状況になってきたので早速行ってきた。紅葉シーズンでダムがある山奥の道路が一年中で最も混む季節だが、これを逃すとまた行けなくなるような気もしたので贅沢は言わないことにした。

行き先は山梨県西部の未踏のダム数基。とりあえず日帰りで攻めることにする。
  

ひさびさの中央道を走って甲府盆地を横断。盆地の西端で再び登りに転じた辺りにある双葉SAのETC出口を出て、最初に目指すのは荒川ダムだ。荒川を名乗る河川は日本中に存在するのでダム名も複数存在するのではと思って調べてみたが、ここが唯一のようだった。

途中に昇仙峡という国内屈指の紅葉の名所があるので、ひとつ隣の谷からダムのすぐ下流へ出るルートを辿ってみたところ、交通量は少なくまったくストレスなしにダムまで到達できた。

そんな車載動画はこちら。

 


で、荒川ダムだが、堤高88m、堤頂長320mの「大規模一歩手前」くらいの中規模ロックフィルダムである。山梨県営で、目的はF(洪水対策)、N(河川維持)、W(上水道)の多目的ダムとなっている。

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実はここには過去、確か20年前くらいに一度訪れたことがあって、周辺の風景なんかはほとんど忘れていると思いきや、実際に再訪してみるとなんとなく記憶が蘇ってくるのであった。山々と堤体、そしてダム湖や道路の位置関係など『見覚えのある風景』であった。上には中規模と書いたがそれはあくまでスペック上の話で、堤体は大規模ロックフィルの風格を感じる堂々としたものだ。

竣工1985年とさほど古くはないためかリップラップ(堤体表面)はほどほどに成形されているがロックひとつひとつの大きさは揃っていない。最新のほど整然とはしていないが初期のロックフィルほどそのままではないという感じだ。色はこげ茶色で、『赤いロックフィル』と形容したブログもあるほどだ。

ただ今は、周辺に背負う山の紅葉のほうが赤いと言うにふさわしい。さすがは昇仙峡の谷である。

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天端は車両進入禁止だが歩行者は入れる。管理事務所は道路とは反対側(左岸)になるのでダムカードをもらうには歩いて行くしかない。右岸の天端入り口70m先に駐車場があってその前に茶店が1軒営業している。昇仙峡へ来た観光客がここまで足を伸ばすのかもしれない。そういう意味では今の季節が一番客が多そうだ。

右岸の道路はまだ先まで続いていて、林道を走り継ぐと甲府盆地北側に連なる山塊を越えて日本一標高の高い多目的ダム琴川ダムへと通じる。その逆ルートを辿ってここへ来ることも考えたが、未知の林道を延々と走る勇気はなかった。


さて次のダムを目指しいったん山を下りる。二つ峠を越えて韮崎市へ入ると、延々と直線的に下る道の先に南アルプスが見えた。

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2021年10月20日 (水)

南相木ダム

ひさびさのダム見物記である。実は前回の緊急事態宣言前に行ってたのだが、車載動画の撮影に失敗し傷心のままどこにも出していなかったのだった。
   

ということで、南相木ダムは長野県南相木村にある東京電力の発電専用ダムである。読みは「みなみあいき」、南相木村にあるからというだけでなく南相木川に造られたことにも因んでいると思われる。

東京電力は、人跡稀な山奥にデカいロックフィルダムを密かに隠しているイメージがある。グンマーの玉原、栃木の栗山、山梨の上日川と全部堤高90m級のロックフィルで、すべて人里からは離れた場所にある。ロケーション的には南相木ダムも同じく谷の最奥部にあるロックフィルとこれらのダム群と同じだが、違うのは堤高136m、堤頂長444mとひときわ大きい点。ワタシ的基準をも超える巨大ダムである。
 

この辺りで一番人が集まっているのは中部横断道やJR小海線が走る千曲川の谷だが、そこから南相木川の谷を東へ遡ること25km、ほぼ谷のどん詰まりに南相木ダムはある。その道のりを経て山の間から堤体が姿を現すさまは距離的にも風景的にも少し驚く。そういう感じだから撮影失敗は痛恨の極み・・・。

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ロックフィルダムはコンクリートダムほどかたち的にバラエティには富まないが、主に堤体表面には様々な表情があると思う。特に色については、使われた材料や積み方によって見え方は様々だ。ワタシが今まで見た中でも、茶色いダム、黒いダム、緑のダム、グレーのダムといろいろなロックフィルダムがあった。が、南相木ダムは今まで見たことがなかった『白いダム』なのだ。

白い巨大な壁が山の中に突然現れたら誰だって驚くと思う。当然ワタシは事前にそういう情報を知ったうえで現地へ行ったのだが、それでも驚いたのだから。白い理由は、使われている石材が石灰石だからだそうだ。竣工は2005年なので16年経っててこの色なのだから、出来た当時はもっと白かったことだろう。

比較的新しいダムらしくダム下は公園になっていて、堤体下部の一番際まで立ち入ることができる。そこまで行って見上げると堤体の巨大さをあらためて実感する。この近さで体感できる巨大ダムは奈良俣ダムとここくらいである。ダム下から堤頂までは130mもの高低差があるため、ダム下から天端脇の駐車場までも結構距離があってちょっとした峠道を登る感じである。

天端には駐車場とトイレくらいしかないが、眺望がとても良い。
 

スペック的な特徴があと2つ。ひとつめは堤頂の標高が1532mと日本で最も高い場所に(堤頂が)あるダムであること。

もうひとつ、発電専用ダムといいながら近辺には発電施設が皆無だが、これはこのダムが揚水発電の上池を担っているからだ。さらに、揚水発電といいながら近辺に下池が見当たらないのは、下池が同じ南相木川の水系にないからである。水系どころか県まで違うグンマーの上野ダムが下池となっている。上池、下池とも堤高120m超え(上野ダムは120mちょうど)は日本で唯一で、揚水発電システムとしては日本最大、世界でも有数の規模ということらしい。

2021年6月見物。

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2021年8月10日 (火)

北山ダムを見に来た動画

緊急事態宣言前に2度ほどダムへ出かけたのだが、2回とも撮影に失敗するというとてもマヌケなことをしてしまったのであった。そうこうしてるうちに緊急事態宣言が再々々発令(何回めか忘れたわ)されてしまい、またもや過去のストックを編集してうpすることに。

 


もちろん『緊急事態宣言だから出られない』んじゃなくて『緊急事態宣言が出るくらいヤバいから出るのを控えてる』んだけどね。

ワタシ史上最も興味が湧かなかったオリンピックも終わったことだし、ダムの見物くらい自由に行ける日が早く戻ってくることを願っています。

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2020年8月29日 (土)

浅川ダム

長い梅雨が明け今度は酷暑が長く続きだしたころ、再び長野へと向かった。

実は前回の信州行から帰って確認したら、ダムカードを配布している長野県営ダムのうちまだ行ってない(よってカードも持っていない)のが残り1箇所なのに気づいたのである。別にだからって慌てて行かなきゃならない理由もないのだが、何か1つだけポツンと残っているのも気持ち悪いので行ってみることにしたのだ。

なお、あくまで長野県営ダムであって、長野県にあるダムにはまだ行ったことないところやダムカードをもらってないところがたくさんあるので念のため。

 
で、残りの1箇所とは県都長野市にある浅川ダムである。ここは長野市街地の北西側にあるのだが、高速道路は千曲川を挟んだ南東側を通っていてインターも全部市街地の南や東にある。そのためこのダムへ行くには必ず県庁所在地のど真ん中を縦断か横断しなければならず、なんとなく足が向かなかったのである。

上信越道の長野インターから市街地を抜け浅川ダムへの県道(r506)に入って、ダムの手前にあるループ橋を渡る。秩父の滝沢ダムにあるものより少し小さいが線形はより複雑だった。その様子は車載動画にて。

 


浅川ダムは竣工2016年、最近出来たと言っていいほど新しいダムである。型式は重力式コンクリート、堤高53m、堤頂長165mの中規模ダムでスペックだけだと前回まで見てきた信州の治水ダムと似たようなものだが、一目瞭然の特徴がある。

このダムにはダム湖がないのだ。川の流量維持に使われる常用洪水吐が堤体の一番下、ほぼ河床レベルにあるため、水が貯まらないのであった。目的はF(洪水調整)のみ。いざ増水したら常用洪水吐を締めて水を貯め込むのであろう。なんとなくクリスタルな知事(といってももう知らない人の方が多いだろうな)時代の『脱ダム宣言』で一旦工事が止められたのだが、次の知事が打ち出した『脱・脱ダム宣言』で復活したのだそうな。そのことの是非については個別の事情があると思うので言及しない(というか個人的には基本そういうスタンス)が、この川(浅川)が議論百出するほど治水上ヤバい存在だったのは想像できる。
 

そういうわけで、運用開始されたダムではめったに見られない提体上流面を下まで拝むことができるのは、愛好家的には見逃せないポイントだ(下画像)。

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左岸側に天端からダム下(もちろん下流側)へ下りる歩道が通じていたので歩いてみる。最初は写真が良いアングルで撮れるところまで行って引き返すつもりだったのだが、結局一番下まで下りてしまった。順光のいい写真が取れたので良かったのだが、気温30℃超えの中約50mの高さを階段で戻るのはかなりキツかった。

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ダムカードは管理事務所では配布しておらず、市街地にある長野建設事務所かさらに山を登った飯綱高原観光協会へ行く必要がある。どうせなら少しでも涼しいと思われるほうへ、ということで高原でダムカードももらいついでに蕎麦を食った。

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これで長野県営ダムはコンプリートしたのでこのまま帰ってもいいのだが、隣県のグンマーのダムへ寄ることにする。次の目的地までは80km超だ。

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2020年8月22日 (土)

北山ダム

小仁熊ダムのある筑北村から麻績村へ。

筑北村は平成の大合併で本城村、坂北村、坂井村の3村が合併してできた村で、当初の合併協議には麻績村も入っていたが途中離脱したのだそうな。麻績村は聖高原という非常に字面のいい観光地や長野道のインターを抱えて実質この盆地の中心地のイメージだが、そういうのが関係しているのだろうか。案外隣同士は仲が悪かったりするからなあ。当事者しかわからない事情があったのだろう。ちなみに麻績は『おみ』と読む。これも知らないと絶対読めない系の地名である。

それはどうでもいいとして、麻績村の中心集落を過ぎるとR402は猿ヶ馬場峠への登りにかかる。北山ダムはその峠の途中から脇道に入った谷の急斜面にあった。ここも洪水調整が主目的のダムである。というか、何の知識もなく現地に来ても、そのロケーションからすぐそのためのダムだとわかるような、そんな場所である。

ダムの直下流数十メートルのところに道路が通っているので、車を停めて堤体を眺めるが、眺めるというより見上げるという感じである。堤高自体は43mとさほど高いわけではないのだが、直下の地形が急斜面すぎて天端が非常に高い位置に見える。

堤体の直下まで入れる道があったので、歩いて進入する。真正面から堤体にアプローチしているのだが、上下左右の植生に邪魔されて堤体全体をすっきり捉えられるアングルはなかった。

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車に戻って天端レベルまで登る。周りにはダムとその関係施設以外まったく何もない。

型式は重力式コンクリートで、竣工1999年と今日見てきた他のダムと似たような時期にできたダムなので、見た目も比較的似ている。特に水上ダムとは用途的にもロケーション的にも近いためか、ダム湖の面積が非常に小さい点まで共通している。スペック上は2ha(100m×200m相当)とまったく同じだ。

ただ、ひとつ様子が違うのが、ダム湖の真ん中に衝立状の構造物が見えること。何かこのダム固有の特殊機能を果たすためのものかと思いきや、これはもともとここに設置されていた砂防ダムなのだそうな。古いダムの下流に新しいダムを作ってバージョンアップを果たしたところは胆沢や長井等いくつか見たが、ここも同じパターンだった。無人、無監視、単機能の砂防ダムを、監視、コントロール可能な多目的ダム(一応FNW)へとバージョンアップさせたのが北山ダムなのであった。

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前述の通り人跡稀な山の斜面にありながらダムカード配布ダムである。ダムから一番近い配布場所である聖高原の観光案内センターへ向かう。R402に戻ってさらに猿ヶ馬場峠を登れば頂上には聖湖というキレイな名前の湖があって、その畔に案内センターがあった。

絵に描いたような高原の風景で、季節や天気が良ければさぞや素晴らしい場所だと想像できる。しかし梅雨の真っ最中で、あいにく雨まで降り始めた。時間は午後4時。さあ埼玉へ帰ろう。
 

峠を北へ下った方が距離的には近いのだが高速のインター(更埴)までは少し距離がある。来た道を南へ戻ったところにはすぐインター(麻績)がある。何の条件も指定せずにナビをセットしたら麻績インター経由のルートが表示された。今回は結構ナビに奔走させられたが、めんどいのでそのまま指示に従い来た道を戻ったのであった。

麻績インターから長野道、上信越道、関越道を走って埼玉着。
 

ダムカード。事情により車載動画はありません。

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2020年8月15日 (土)

小仁熊ダム

『西条温泉 とくら』で無事水上ダムと、これから行く小仁熊ダムのダムカードを入手できた。日帰り入浴もやっている宿泊施設だが風呂も入らずに出発する。

ダム一筋のストイックな旅だから、というわけでは全然なく個人的には温泉や観光も大好物なのだが、ひとえに貧乏性のワタシが立てた時間に余裕のないスケジュールのせいなのであった。今度は風呂入りに来よう。

確か小仁熊ダムはこの施設から一山越えた真裏あたりに位置しているはずなのだが、ナビが示したのは遠回りして川の上流を遡るルートだった。たぶんその山を越える道が未整備なんだろうな、そう解釈してナビが示すルートを走ってダムへ向かった。その顛末は以下動画にて。

 


で、小仁熊ダムである。このダムで最も特徴的なのはダム名がもうひとつ存在することである。

複数の名前があるのは決して珍しいことではなく、正式決定前の仮称が通称・愛称的に使われていたりしてダム便覧にも(別名〇〇)として記載されていたりする。宮城県営ダムみたいに企業のネーミングライツなんてケースもあるしね。

このダムの場合もダム便覧には(別名:富蔵ダム)と載っているのだが、少し他のダムと様子が違うのは、ダムサイトには『愛称 富蔵ダム』という立派な碑が建っていたり、堤体にはめ込まれたレリーフも正式名よりも富蔵ダム名の方が立派だったりしている点である。

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富蔵(とくら)とは上述の宿泊施設の名前にもなっている地元の集落名なのだが、地元の請願によって計画時とは名称が変わったダムなんていくらでもあるのになぜかここはそういう曖昧かつ複雑な(あくまでワタシのイメージ)ことになっているのであった。地元の大人の事情でもあるのかと思ってググってみてもヒットせずその事情にどんな背景があるのかはわからない。
 

それはともかくダムの諸元は堤高36.5m、堤頂長99mの小規模な重力式コンクリートダムである。竣工は2004年、広めに取られた自然越流式洪水吐と天端一杯の幅から下に向かって収束していく導流壁を備えたオーソドックスな外見を持つ。

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主目的は治水なのだが、西条温泉とくらがあるひとつ隣の谷を形成する東条川から分岐導水して洪水を溜めるという複雑な仕組みとなっているそうな。以前記事にした山形の前川ダムと同じような役割を持っている。

ちなみに、ここまで何の注釈もなく書いてきたが、上記の西条、東条はそれぞれ『にしじょう』『ひがしじょう』と読む。
 

天端は100mもないのであっという間に渡れてしまう。ただ規模の割にはコンクリートの厚みを感じさせるヘビーデューティーな造りに見え、広くない谷に必要な機能をコンパクトにぎゅっとまとめた凝縮感がある。そういう小規模ダムゆえ周りの山も高くなく険しくもない。天端上からダム湖を見ていると湖というより池の風情である。ただ、その上を立派な高架橋が跨いでいるのはあまり見ない風景である。橋上は長野自動車道、ダム湖を跨ぐ(横切る)高速は結構珍しいと思う。

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さて、次は隣の麻績村にあるダムを目指す。

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2020年8月 8日 (土)

水上ダム

横川ダムからR153へ戻り善知鳥峠を越えて松本盆地こと松本平へ入る。伊那谷は太平洋へ注ぐ天竜川水系だが松本平は日本海へ注ぐ千曲川・信濃川水系、つまりこの峠が太平洋側と日本海側の分水嶺になる。その割にはさほど険しくなくR153は真っすぐで比較的なだらかな登坂で越えてしまう。

で、善知鳥峠だが、これは知らないと絶対に読めないと断言できる日本屈指の難読地名で『うとうとうげ』と読む。日本の伝説に出てくる鳥の名前で、能の演目にもあるんだそうな。

ワタシはたまたま国鉄(当時)中央本線の難所として知っていたので読めたのだが、それに付随する豆知識はこの記事を書くのでググったものであって、ワタシが物知りなわけではない。
 

塩尻ICから安曇野ICまで長野道で松本平を縦断し、今度は松本平と善光寺平の間に横たわる山塊に分け入っていく。国道143号で山塊の端っこを登ったり下ったりしながら旧四賀村(現松本市)のエリアへ入る。街道沿いの比較的広めの谷から支流の谷の急勾配を登ったところに水上ダムがあった。

道程は車載動画にて。

 


堤高38m、堤頂長171.5mの小さなダムで、長野県営のF(洪水調整)、N(河川維持)、W(上水道)機能を持つ多目的ダムである。特にFについては、急勾配の谷の途中にあるので大雨被害が相次いでいる昨今においては存在意義が大きいような気がする。長野、岐阜にはこういう中小規模の防災ダムが多く点在しているが、それだけ危険個所が多いということなんだろうな。ただ、過去に知事が『脱ダム宣言』を出したのもここ長野県。こういうダムを見ると治水事業の難しさについて考えさせられる。

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まあ、そういう堅い話は置いといて水上ダムである。読みは『みずかみ』、関東のダム銀座と言われる街とは同字異音である。ちなみに、向こうには水上を名称に冠したダムはない。

形式はコンクリート重力式。洪水吐は自然越流式のが3門、真ん中のが少し小さい。その下に真っすぐ導流壁がダム下まで続く。ここまで見てきた箕輪、横川みたいに堤体の幅いっぱいに設置されていないのは川幅が狭いせいなのかもしれない。

急な谷に置かれた小規模ダムらしくダム湖はごく小さく面積で2ヘクタール、つまりわずか100m×200mしかない。それでも『そよぎ湖』という名前が付いている。風がそよぐとかそういう意味かと思いきや、ダム便覧師匠によれば地元で神事に使われる樹木の名前だそうな。

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ダム下へも入れたので行ってみる。常用洪水吐(上の3つは非常用)から河川維持放流をしていた。いったんダム下の滝つぼ(減勢工)に集められた水がさらに狭められ下流へと流れていく。河床部を見ると幅はわずか2m程度。思いのほか狭い。ここを大量の水が走るといわゆる鉄砲水になるのだろうな。
 

さてここのダムカード配布場所はなんと4箇所もあるのだが、いずれもダムから離れていて一番近いところでも約5kmある。なので、次に見に行くダムへのルート上にある『西条温泉 とくら』という温泉施設へ向かうことにした。ダムから7km。峠を越え信州中部の山村を縫って走る。

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