2019年6月22日 (土)

白川郷にて

白川村の市街地の入り口で突然道路が動かなくなった。ここまでの快走からは想像できないまさかの渋滞である。東海北陸道の白川郷インターとの交差点からR156に流入してくる車の列がものすごいことになっている。インターから下りてくる道は見える範囲がびっしり車で埋まっておりほとんど動いていない。

交差点から先のR156も完全に詰まっており、信号が青になっても1~2台しか進めないような状況だ。10分ほど待っても100mも進めなかったのでワタシはいろいろと考えを巡らせた。
 

インターを下りた車の大半の目的地は白川郷だと思われるので白川村の中心街さえ抜けてしまえば問題ないだろう。しかしこの渋滞は恐らく観光施設への出入りや駐車場待ちが原因で発生している。したがってこの渋滞を抜けるためには計り知れない時間がかかると予想できる。白川村の中心街を通り抜ける道路はR156以外思い当たらないが、唯一例外があるとすると・・・。

ワタシは意を決し車列が並ぶ逆の方向へとハンドルを切った。そう東海北陸道白川郷インターへの流入路へと入ったのである。目指す庄川最上流の大物とは御母衣ダムのことで、東海北陸道はこの先飛騨高山方向へ寄り道するためR156のルートから外れて御母衣ダムの傍は通らないのだが、その15kmほど先で再び庄川の谷のさらに上流に復帰しそこには荘川インターが設置されている。

ワタシはそこまで東海北陸道で南下し御母衣ダムまでのR156を往復することにした。本当なら四角形の一辺で行けるところを他の三辺を使って迂回するようなルートである。もともと御母衣ダムの先はR157から高山へ抜けるつもりだったので、同じ道の往復が長くなる無駄が多いルートだが、観光客の群れに行く手を塞がれる方が百倍無駄だと感じた。

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唯一の心残りは白川村市街地を抜けたすぐ先にある鳩谷ダムを諦めざるを得ないことだ。過去の記事で謎のダム呼ばわりした償い(?)の再訪をしておきたかったのだがまたの機会にする。

インターまでの道は思いのほか長く、だんだんと標高を上げ白川郷を上から見下ろすほどの高さにまで達した。チラ見した限り市街地の道路には車がびっしりと埋まっていて動いているようには見えない。対向車線(=インターを下りる側)にはまだ車列が続いている。ポジティブな要素はまったくないが文字通りの意味で『雛には稀な』大渋滞である。この先の予定は大幅に狂いそうだがこれが次善の策だったと自分に言い聞かせつつ東海北陸道へ入った。
 

本線に入っても対向車線は白川郷インターを下りる車で詰まっていたが、幸いワタシが進もうとする逆方向(南行き)はスムーズに流れている。あいにく雨が強くなってきた。トンネルの続く区間ゆえワイパーのオンオフが忙しい。分水界を全部で3つ越え20分ほどで荘川インターに着いた。

予定とは逆の上流側から、我が心のロックフィル御母衣ダムを目指して雨のR156を走る。

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2019年6月19日 (水)

庄川の発電専用ダム群2(赤尾ダム、成出ダム、椿原ダム)

境川から下りてR156を少し戻ったところにある道の駅上平で少し早い昼食にする。名物はイワナとかヤマメとかの川魚料理だったが、ワタシは川魚が苦手なのでソースカツ丼を食べた(蛭子能収乙)。でもこれが鄙には稀な逸品で大満足だった。

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たいした距離ではないもののわざわざここまで戻ったのには食事以外にも理由がある。実はこの道の駅の傍(というか裏だな)にはダムがあるのだった。その名は赤尾ダム、関西電力の発電専用ダム群のひとつだ。特に立入禁止にはなっていなかったので、実際に建屋の裏に行って写真を撮った。

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堤高29.2mの小さな重力式ダムだが、天端上に堤高と同じくらいの高さのゲート用の支柱が聳え立っている。手前側が陰になってよく見えないのが残念だが、小さくても存在感のあるダムであった。
 

道の駅を出て境川との分岐を過ぎると、富山県と岐阜県の県境が入り組んでいて何度も県境を跨ぐエリアに入る。庄川が蛇行しR156は橋とトンネルで真っすぐ進むが、いくつめかの橋のたもとで不意に左に中規模重力式ダムが現れる。ちょっと慌てながらも、前後に車がいないのを確認して慎重に路肩へ車を寄せUターン。ダムの近くまで戻って広い場所に車を停める。

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成出ダムである。『なるで』と読む。もちろんここも発電専用ダム群のひとつであり、例に洩れず堤体いっぱいにゲートがずらりと並んでいる。どこもゲートからの放流を中央に寄せるように直下が曲面状に施工されているが、ここはそれが特に顕著だ。左岸側の山肌にもコンクリートが巻かれ堤体の一部として同化している。

堤体正面はR156の橋がかかり歩道も設置されていたので、車に気を遣うことなく写真を撮ることができた。が、橋上は風がかなり強く安全だったかどうかは微妙なところである。
 

R156を白川村の中心地の近くまで進むと次に現れるのは椿原ダムである。読みは『つばきはら』。やはり堤体全体にゲートがずらりと並ぶ庄川関電標準スタイルである。ただここはR156沿いから正面を望むことはできない。その下流直下に位置しているのは東海北陸自動車道の橋だ。

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真横から写真を撮ってみたがイマイチ全体がおさまらず、やはり高速道の橋からがベストアングルだろうという思いを強くする。しかし高速道路は原則駐停車禁止なので、成出ダムのように橋上に立って写真を撮るというわけにはいかない。走りながら同乗者に撮ってもらうか誰かに運転してもらって助手席から狙うくらいしか方法はないと思われる。それも、トンネルとトンネルに挟まれた短い橋だからかなり難易度は高い。鉄道写真(それも動いているやつ)とどっちが難しいだろうか。
 

椿原ダムを出てさらに進む。R156は信号の少ない快走路でここまで順調に来た。しかしここで、本日の予定を大きく狂わせる出来事に遭遇してしまった。それもある意味『鄙には稀な』ことである。ネガティブな意味で、だけど。

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2019年6月15日 (土)

境川ダム

R156を岐阜県境まで走ってきたところで、ちょうど県境となる支流の谷へ寄り道をする。河川名は文字通り境川という。2kmほど走ると長いトンネルがあり、それを抜けたところで谷が大きく広がって目の前に大きなダムが姿を現した。思わずおーっと声を上げてしまった。このダムはワタシが富山にいた頃はまだ建設中だったので、今回が初めてだ。

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境川ダム。堤高115m、富山県営最大の重力式ダムである。が、前述の通り富山県南砺市と岐阜県白川村の県境に跨っている。こういう場合は岐阜県にちゃんと仁義を切るんだろうか。

トンネルから先道路は広い谷を蛇行しながら登っている。ヨーロッパの峠道を思わせるダイナミックな道だ。行ったことないけど。左手にはダムが少しずつ角度を変えながら近づいてくる。関電のダム群とは違って2つ中央にまとめられたゲートは自然越流式、そこから下へ幅の狭い導流壁がまっすぐ落ちている。左右対称のバランスの取れたスタイル。『均整が取れた』というフレーズが頭に浮かぶ。何故か谷にはあまり大きな木が生えておらず、ダムと道路との間には障害物はほとんどない。背後にはところどころ残雪をまとった山が見える。目に見える範囲に気に障る物がまったく存在しない。素晴らしくフォトジェニックな大ダムである。
  

それとスペック面では、県営らしく多目的ダムではあるが実はこの点でもこのダムはなかなかすごくて、目的コードを列挙するとFAWIPSとなる。

F(Flood):洪水調整
A(Agricalture):農業用水
W(Water):上水道
I(Industry):工業用水
P(Power):発電
S(Snow):消雪用水 

英語は確認してないので他で言わないように。

最もレアなSが入っているのでカバーしていないのはN(不特定用水)とR(レクリエーション)くらい。用途がすべて特定されているからNがないんだろうし、Rは都市近郊のダムにしか見られないから、実質すべての用途をカバーしているといえる。その水は遠く高岡市や氷見市あたりまで送られているそうな。
 

ダムサイトに着いて天端を歩く。徒歩でそれも空中(地面じゃないという意)で県境を越えることになる。県境の位置にはそのプレートが設置されていた。こんな立派なダムでGWにもかかわらず、見物者はワタシひとりだ。ああもったいない。ダムまでの道路は広くて初心者でも楽勝だし、見どころも多いダムなので、ちょっと観光のついでに寄るには最適なのに。

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ダムカードは現地の管理所ではなく桂湖ビジターセンターなるところで配布されている。桂湖の桂とはダム湖に沈んだ集落の名前らしい。あいにくダムサイトとは結構離れており、湖畔を3km程度走ったところにある。ダムから先の道路は交通量を勘案したのか新しい割に少し狭めである。幅は2車線分程度あるがセンターラインは引かれておらずダム湖に沿って屈曲も多いためか、思ったよりも遠く感じた。しかもこの道路が冬季閉鎖になるのでビジターセンターも閉まり冬場にはダムカードが配布されない。R156を少し下ったところにダムの管理施設や道の駅があるので何とかできるような気はするのだが。

ビジターセンター周辺は駐車場やキャンプ場等がきれいに整備されており、目的コードRを満たしていると拡大解釈もできる。
 

正直なところ、このダムにはさほど期待を持っていなかった。ダムカード、100mを超える大ダム、それ以外の見どころはさほどないんだろうな、形式もありふれた重力式だし、そう思っていた。しかし完全に予想を嬉しい方向で裏切られた。長身で正統派のイケメンながら、いろいろな仕事をこなすまじめな働き者という文武両道、まるで出木杉君みたいな完璧なダムであった。

これで富山県のダムは終了。ここからは岐阜県の飛騨地方をたすき掛けに縦断して長野県の木曽に抜ける。

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2019年6月12日 (水)

庄川の発電専用ダム群1(祖山ダム、小原ダム)

庄川は岐阜県に源を持ち富山湾に注ぐ。純粋に東海北陸を流れる河川なのだが、ここには設置された発電専用ダムは電源開発所有の1基を別にすれば前記事の小牧ダムを含めすべて関西電力の所有である。地域の電力供給会社たる中部電力(岐阜)や北陸電力(富山)のダムはひとつもない。最初に庄川の電力開発を始めた会社が今の関西電力に引き継がれているかららしい。小牧ダムの上流にもそんな関西電力のダムが続々と現れる。
 

小牧ダムからR156を11kmほど走り南砺市(旧平村)との市境を越えると左手に祖山ダムが見えてくる。読みは『そやま』、竣工は小牧ダムと同じ1930年でここも完成当時は国内屈指の大ダムと言われた堤高73.2mの重力式ダムである。

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最大の特徴は今でいう鞍部ダムらしき存在があることだ。ダム本体の左岸側に小山をひとつ挟んで堤高と同じくらいの高さの土地が連なっておりダムの天端のような通路が設置されている。R156側から見ると、右岸に洪水吐が寄った堤体の非常に長いダムに見える。ロックフィルともコンクリートの各型式とも違う不思議な風景である。

昔その鞍部に進入してじっくりと観察したことがあるので今回はR156から全体の写真を撮っただけで次に向かうことにした。
 

さらにR156を16kmほど走るとそのあたりで今度は右手に小原ダムが姿を現す。読みは『おはら』、堤高52mの重力式ダムである。R156沿いから見えるのでそこから写真を撮る。が、堤体との間にちょうど発電所のデカい建屋と電線の鉄塔が建っていて堤体全体がうまくおさめられない。後で調べたらもう少し下流に架かる橋から堤体全体を見渡せたそうなのだが、その時は気が付かなかった。

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所有者が同じせいか竣工時期が近いせいか、祖山ダム、小原ダムともラジアルケートが堤体にすらりと並んだ小牧ダムに似た見た目になっている。発電専用のためどのダム湖も水位が高いのも同じ。庄川の発電専用ダム群として兄弟みたいなもんかな。
 

やがてR156は南砺市の旧平村、旧上平村の中心部へ入る。このあたりは五箇山(ごかやま)と呼ばれる富山県内でも独特の文化を持つ地域だ。少し南にある岐阜県の白川郷とともに合掌造りの民家が残る秘境地帯である。ま、今ではその秘境を貫く高速道路が出来て秘境とは名ばかりになってしまったのだが。GW期間ゆえ合掌集落の駐車場は車でいっぱいだったが、東海北陸道の五箇山インターから下りてくる車やR156を走っている車は思ったほど多くなく、この先順調に行けば昼過ぎには最上流の大物に着けそうだ。

しかしその前に、いったん庄川本流を外れ今回最後の富山県営ダムを見に行かねばならない。

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2019年6月 8日 (土)

小牧ダム

砺波平野の南西端から真東へ横切って庄川の谷を目指す。このへんは平成の大合併前にはたくさんの市町村の境界が入り組んでいてどこの自治体を走っているかがわかりにくかった。砺波市、福野町、福光町、城端町、井口村、井波町、庄川町と7つもあったのだ。今は砺波市と南砺市の2つに集約されたが、旧砺波市が今も砺波市だという以外どこがどっちに属したのかをよく知らないため、やはりよくわからない。

県道だか農道だかよくわからない道でどこの市だかよくわからない場所を通って庄川の谷が始まる場所に着いた。砺波平野が尽き庄川はここから山間部に入る。小牧ダムはそんな場所に造られている。関西電力の発電専用ダムで所在地は砺波市(旧庄川町)になるようだ。

実はここはダムカード配布ダムではない。それなのにあえて今回のスケジュールに組み入れたのはこのダムがあまりにキャラの強いダムだったからだ。竣工は1930年。昭和初期のことであり当時は東洋一の大ダムだった。もちろんここにも富山在住時に来たことがあるのだが、ロケハンが不充分だったしカメラの性能もそれなりだったのでイマイチな写真しか残っていない。というか文字通り写真だし。
 

このダムは庄川沿いに有名観光地を結ぶ幹線国道たる156号(R156)沿いにあるのだが、まずはそれとは反対側の右岸に行ってみた。右岸にも国道471号(R471)が通っているのだが、こちらは開かずの国道の異名があるほどその筋では有名な酷道だ。異名の由来になった峠はもっとずっと先なのだが、ダム横のR471はその片鱗を見せるかのような狭路となっていた。

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通る車に気を付けながらシャッターを切る。上流側から見ると堤体がアーチダムのように弧を描いているのがわかる。でもどの資料を見ても形式上は重力式とあり、重力式アーチにはなっていない。このへんの違いも素人にはよくわからないが、これも土木工学的な定義がきちんとあるに違いないと解釈しておく。

下流側は堤体上にゲートがずらりと並び壮観である。直下は丸みをおびた三次元的な造形になっていてまるで滝壺のようだ。堤高79.2mと80mにも満たないが、堂々たる存在感は100m超の大ダムと遜色ない。ボキャブラリー不足気味なワタシはいつもデカいダムを見ると『すごい』しか出なくなるのだが、小牧ダムを目の前にしても『すごい』を連呼したのであった。

ワタシも断じられるほど数を見ているわけではないが、時代物の発電専用ダムには、共通する荘厳な雰囲気みたいなのがあるような気がする。ちょっと神社仏閣みたいな感じ。そういやここは確か有形登録文化財だった。
 

左岸に転じビューポイントを探して集落の中をゆるゆると進む。昔の写真は左岸からダム名が描かれた看板をバックに撮っていたので、同じポイントがどこかにあるはず。しかし結論から書くと、同じ場所は見つけられなかった。R158のダム真横のスノーシェッドの下の広場がそれらしきアングルだったのだが、今は資材置き場になっていた。立入禁止とは掲示されていなかったが入るのもはばかられたので確認はできなかったが、30年の間に変わってしまったのだろうなあ。

Komaki2
 

ダムカードはないけれど期待に違わず印象の強いダムで、やっぱりじっくりと見に来て良かった。臼中、刀利では残念な結果になってしまったが、それを取り戻した気分だ。充実した気分のまま小牧ダムを出て、ここから庄川の谷を上流に向かって遡る。最上流にあるあの大物を再び見に行く。

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2019年6月 5日 (水)

宮島温泉と8番らーめんと霧の朝

子撫川ダムの見物を終えたのが夕方の5時前。ひとまず谷を下る。付近は宮島峡という景勝地のようである。片側通行の工事用信号を抜けた先で道が広がり、山中に突然立派なビルが姿を現す。宮島温泉滝乃荘。温泉旅館のようだ。

一旦通り過ぎたが、ワタシは風呂くらいは毎日入りたい派の人間なのでUターンをしてその旅館へ。今回の見物行の下調べをしていた時に『富山 日帰り入浴』にその旅館名がヒットしたのを思い出したのだ。フロントで聞いたらやはり日帰り入浴可とのこと。入浴料500円を支払って大浴場へ向かう。

ちょっと早い時間だが一日の汗を流す。ダム見物を終えて入る湯は格別だ。川沿いの露天風呂もあり清潔で気持ちの良い温泉であった。また、ほとんど観光地を回らないダム見物行にあっては貴重な土産物補給地でもあるので、『白海老せんべい』を仕入れておいた。
 

さて次は夕食である。富山へ来たからには富山らしいものを食いたいところだが、港町の氷見や新湊、中心都市の高岡からは少し離れた山の近くにいるのでちょっと厳しいかもしれないなあ。そう思いながら山から下り小矢部市街地の北のはずれで国道8号と合流する。とりあえずそこにあった道の駅に入ってみた。

道の駅の食事処は案の定(お役所みたいなところの運営が多いため)営業時間を終了していたので、駐車場から辺りを眺めていたら見覚えのある看板が目に入った。

『8番らーめん』

Hachiban1

富山県民なら知らぬ人はいない北陸(創業地は石川県)発祥のラーメンのローカルチェーン店である。8番らーめんの名前は国道8号に因む(Wiki先生調べ)。ワタシにとっては間違いなく富山らしいもの食べ物のひとつだ。迷わず店に入る。

注文はタブレットで入力、内外装の意匠もおしゃれな感じで、30年前に比べてモダンな雰囲気になっていたが、8の文字が入ったカマボコが変わらず入っていた。

Hachiban2

いろんな意味で満足した。8番らーめん、大正解であった(なんかのグルメ風)。
 
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翌朝、車中泊地の道の駅福光で一通り身支度を整えてから午前8時に出発する。天気は小雨。細かい雨粒が降ったり止んだりである。しかしこれから向かう南の空には深く雲が垂れ込め山は霞んでいる。

まずは南砺市(旧福光町)にある臼中ダムに向かう。このダムは富山在住時に何度か『←臼中ダム』の標識を目にしながら一度も行かなかった。外回りの仕事中だったからだったか、天気が悪くて道路状況が掴めなかったからだったか、何で行かなかったのかは実はよく覚えていない。いずれにしても当時は今ほど情報が溢れていなかったため、このダムが結構な規模のロックフィルだと知ったのは割と最近になってからだ。
 

30年来の未見のダムがやっと見れる。そう思うとワクワクするが、県道10号(r10)からダムへの一本道である289号(r289)へ入ったあたりから文字通り雲行きが怪しくなってきた。

あたりは霧がかかり奥へ進むにつれどんどんと濃くなっていく。フォグランプを点けてゆっくり登っていくが、ついにダムに着く前に完全に数メートル先までしか見えなくなった。やがてトンネルが現れそこを抜けたところに『臼中ダム』の標識が。

真っ白・・・。
Usunaka

洪水吐のコンクリート壁しか見えんがな。
 

気を取り直してr10まで戻り隣の谷にある刀利ダムへ向かう。ここは以前にも記事にしたことがあり、その中でも『あらためてちゃんと見たい』と再訪を誓っていたダムだ。平成の最初に見たダムに、平成の最後に再訪するんだ、そう考えていたのだが・・・。

やっぱり真っ白・・・。
Touri

臼中ダムより少し広い谷だから大丈夫かもという淡い望みは粉々に打ち砕かれた。

せめてもの慰めはそんな天気の中でも管理事務所はちゃんと開いておりダムカードをもらえたことだ。臼中、刀利とも刀利ダム右岸にある小矢部川ダム管理所で配布している。

刀利ダムは堤高100m超の大アーチダムで、ダム近くのr10は室牧ダムより若干マシな程度の険道なので集中して運転しなければならない。がっかりしてばかりもいられず頑張って次のダムへ向かう。

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2019年6月 1日 (土)

子撫川ダム

子撫川ダムは五位ダムの下流4kmほどの場所、その間に市境を越えた小矢部市にあるロックフィルダムである。読みは『こなでがわ』。

五位ダムの1kmほど下流の集落の交差点で分かれる県道267号を少し走ると子撫川のダム湖の最上流に出る。竣工1978年とそこそこ古いダムの付け替え道路の例に洩れず狭い。トンネルや橋を回避しダム湖の縁を忠実にトレースするため細かいカーブも多く走りづらい。そんな距離の割に時間がかかる険道をゆるゆると走って子撫川ダムの右岸に着いた。
 

五位ダムはアースダムと見紛う外観を持っていたが、ここは見た目からして典型的なロックフィルだ。未成形のリップラップは黒く細かい石が敷き詰められとてもワイルドで男らしい。

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管理所が左岸にあるため徒歩で天端を渡る。ロックフィルにしては天端の幅が狭いように感じる。車両通行止めだが、通れたとしても普通車1台がやっとくらいの狭さである。左岸の管理所の手前には洪水吐があり、ダム湖側の導流壁が規模の割に高くて個性的な造形となっている。
 

天端から下流を眺めると見えるのは谷の斜面に拓かれた農耕地のみ。人家の類は一切見られない。例によってこのダムにも昔来たことがあるのだが、もう少し人家が近くにあったような記憶がある。昔のことなのでワタシの記憶違いか、はたまた30年の間に急激に過疎化が進んだのか、たぶん前者だと思うが本当のところはわからない。

ダムから1kmほど下りた集落内でダム下へ向かう道を見つけたので進んでみる。廃道チックな道を歩いてダムを正面近くから撮ってみたが、夕暮れが迫っていたこともあってかイマイチな写り具合であった。
 

さてこれで本日の見物は終了。端から車中泊する予定で来たのでここからのスケジュールは適当である。さあこれからどうするか・・・。
 

高岡市内から五位ダムを経て子撫川ダムへ至る道程を動画にしてみた。

 

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2019年5月29日 (水)

五位ダム

和田川ダムを出て少し北へ走るとで高岡市に入る。高岡は昔ワタシが3年間住んでいたところである。しばらく走ったら昔何度も通ったことのある幹線県道に出た。よーしここまで来ればあとは土地勘がある。

そう呟きながら先に進んだのだが、当時はなかった新幹線の駅やら高速のインターやらが出てきて道路の様子が全然変わっていた。住んでたの30年も前だし。しかも渋滞まで始まってしまい全然動かなくなった。適当に路地に入って回避することができたが、それは土地勘の為せる技でもなんでもなくたまたまうまく行っただけだった。

なんとか市街地を抜けて小矢部川の橋を渡ると、当時とあまり変わらない郊外の風景になった。でもやっぱ30年の時はあまりにもデカいようで、覚えている場所やアイテムをひとつも見つけることができないまま、気が付いたら山の中の県道を走って五位ダムに着いていた。
 

五位ダムの所在地はこれも平成の大合併で高岡市と合併した旧福岡町である。読みはまんま『ごい』、型式はロックフィルだ。

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ロックフィルだがここのリップラップは一面緑の草で覆われていて一見アースダムのようである。実はこのダムには建設中@試験湛水前に一度訪れたことがあり、その時からすでにリップラップ全体が草に覆われていたのでこれは意図してのデザインだ。雑草を放置した結果ここまで繁殖してしまったわけではない。

リップラップ上には7つの四角いプレートが設置されており[][][][][][][]と文字が描かれている。ここもこだわりのデザイン。ここは富山県営ダムではなく、農林水産省北陸農政局管轄の目的コード”A”の灌漑専用ダムである。国家事業だとデザインにも凝れるのだろうか。

洪水吐は左岸側にあって堤体から少し離れた斜面に独立して設けられている。堤体直下には農道が横切っており、そこからは洪水吐を正面から見ることができる。ダム名と同じ五位という集落の外れにあるため、天端上からは集落の家々が見渡せる。ダムから奥にもう集落はなく峠の向こうは石川県だ。

ダムカードをもらいに管理事務所へお邪魔したら玄関脇に子撫川ダムまでのルートを記入した地図が貼られていた。子撫川ダムは下流ほど近くにあってダムカードも配布しているため、こことセットで回る人が多いのだろう。子撫川ダムは県営なので管轄は違うのだが。

かくいうワタシもこれからそこへ向かう。本日最後のダムである。

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2019年5月25日 (土)

和田川ダム

湯谷川ダムを出発し山を下りる。

が、ここでワタシの貧乏性タイトスケジュールの弊害が出てしまった。湯谷川ダムから下り県道と合流する丁字路の交差点に『若土ダム→』という標識を見つけたのだが、ワタシは左折を選んだ。正直なところ、小ダムまで全部隈なく見ていたらとても時間が足りない。さきほど室生ダムの下流にあった八尾ダムもあえてスルーしてきた。

帰宅後調べてみたら、この若土ダムはやはり堤高26mの小さなダムだったがなんと型式はアーチだった。別に形式に上下があるわけではないが、それほど小規模なアーチダムは非常に珍しい。しかも地図で見たら、その交差点からは目と鼻の先。ダムカードは発行されていないが今考えればやはり見ておくべきだった・・・。ちょっとの時間を惜しんだばっかりに貴重なダムを見逃してしまった。

ま、また富山に来る理由が増えたとポジティブに考えよう。
 

やがて道は山間部を抜け丘陵地帯へと入った。中心街からは離れているものの砺波市の東のはずれである。アップダウンもなくなり道沿いに集落が次々と現れる。

そんな集落のひとつで突然ナビが右折をアナウンスするが、いわゆる路地レベルの細い道だったため通り越してしまった。次の狭い路地を曲がって家並を抜けると広い田んぼが広がっていた。その畔にある道をナビの目的地と見比べながら右往左往して何とか和田川ダムに着いた。


前回の記事に『砺波平野にあるダム』と書いたがまさしくそんな感じのロケーションだ。正確には平野ではなく丘陵地なのだが、いずれにしろ前述のように集落の裏の路地の先の『こんなところにダムがあるのか』と思わせるような場所である。

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もちろんそんな場所なので堤高21m、堤頂長137mの小さなダムである。しかしダムの左岸近くにある駐車場には今日ここまで巡ったダムの中では一番たくさんの車が停まっている。これは恐らく、ダムを見学する人が多いわけではなく、ダムを越えた右岸側に増山城なる戦国時代の古城の跡があるためだと思われる。ワタシが天端の写真を撮っていると反対側から立派なカメラを携えた若い男性が歩いてきたが、しきりにダムの傍らにある小山にレンズを向けていた。ダム愛好家と城愛好家のマニア同士のすれ違い。ネットの普及によって最近いろんなジャンルのマニアが認知されてきているからなあ。

実はここにも富山在住時に来たことがある。確か妻と二人で近くをドライブしている時に立ち寄ったのだが、その時は誰もおらずひっそりしていた記憶がある。当時は今ほど情報が溢れている時代ではなかったので古城のこともあまり知られていなかったのだろう。自分も含めてマニアがまだひっそりと活動してた時代だ。


丘陵地帯にあるダムの例にもれず、ダム湖は蛇行しながら上流へ続いている。堤体の前(後ろ?)に設置された網には木くずや流木などが引っかかり湖面を埋めている。正直あまり美しい光景ではない。でもまあそれも人の営みの近くにあるダムの宿命なのだろう。

堤体下流直下には立派な建物が建っている。壁には『県営庄東第二発電所』の文字が。県営の発電所らしい。そういえばここも富山県営ダムだった。管理所には職員の方がいたので無事にダムカードをもらうことができた。見逃したダムより小さいダムをスケジュールに組み込んでいたのはもちろんダムカードがあるからだ。


さて次のダムは能登半島の付け根の山の中。昔住んでいた高岡の街を横断する。

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2019年5月22日 (水)

湯谷川ダム

八尾の市街地の手前で方向を西に転じて、山の中へと分け入る。

富山県は東部と西部で結構文化に違いがある。県の中央に位置する呉羽山(くれはやま)を境に東が呉東(ごとう)、西が呉西(ごせい)と称されている。八尾は呉東に属するが、呉西地域との間には山塊が横たわっていて、その山中を行政区域としていたのが旧山田村(現富山市)であった。

実はワタシが富山県内で最も土地勘がないのがこのあたりである。県内では有名な牛岳スキー場があるのだが、あいにくワタシはスキーをやらないので行く機会がなかった。だから旧山田村にこんな立派な(堤高63.7m)ロックフィルダムがある(富山在住時にはまだ完成してなかったので正確には『出来た』)のは知らなかった。しかも土日祝日にもダムカードを配布しているようだ。ワタシは急遽今回のコースにこのダムを組み入れることにした。読みは『ゆたにがわ』。


ダムは牛岳スキー場のすぐ下にあり、ダムサイトから見上げるとその建物やリフトが見えた。両岸の山がリゾートっぽい感じのせいか川を堰き止めたというよりは、山の中腹の谷筋に堰を立てて巨大なプールを造ったような、ヨーロッパアルプスの山中にあるダムのようなイメージである(あくまでイメージね)。実際そのスペックに目的コード”F”(Flood:洪水調整)はなく、”A”(Agriculture:農業用水)のみという富山県営ダムとしては比較的異色のものとなっている。

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比較的新しいロックフィルらしくリップラップは成型され滑らかである。広い駐車場や立派な管理棟、ダム名の碑も整備されていて今どきのダムの基本アイテムは一通り揃っている。が、肝心の管理所に車は停まっておらずピンポンを押しても誰も出てこない。公式のカード配布時間がかなり早めの15時までとなっていたため今日のスケジュールはこのダムに合わせて決めた。そのため時間はまだ14時過ぎなのだが・・・。マジかー。

とはいえ、いつも書いているように管理所の方は仕事だがこっちはあくまで趣味だ。そりゃどう考えたって仕事が優先なのが当たり前。愛好家が仕事の邪魔をしてはいけない。そう思って素直に諦めようとしたら入り口にこんな旨の貼り紙がしてあるのを見つけた。

現在外出中のためダムカードをご希望の方は用紙に必要事項をご記入の上ポストに投函ください。後日郵送します。

郵便切手を持ち歩いていないので少し気が引けたが、一通り記入してポストに入れておいた。
 

次は山を下り砺波平野にあるダムに向かう。呉西地域突入である。
 

3日後自宅に湯谷川ダム管理所から封筒が届いた。ご来場ありがとうございましたという手紙とともにダムカードが同封されていた。ありがとう湯谷川ダムの中の人、すごいぜ富山県営ダム。そういえばワタシが昔付き合いのあった富山県職員の方もきちんとした人だった。

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ええ、もちろんすぐ82円切手を送り返しましたとも。

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